熊野古道

心の道のり日記・・・何か感じる・考え立ち止まる“瞬間”

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バランスとは・・・。

2007年02月14日

 多くの人が良く使い、 なぜだかそれだけでなっとくする言葉

 

物事は・・・ 『なんだってバランスが大切』 

 

ミョーに説得力があるがあまりに抽象的なこのフレーズ。

 

色々な所で便利に使われるこの言葉。

 

少し考えてみると、物事は二つの事柄、場面 etc・・・・に分けられる事が多い。

 

それを前提として、

 

二つに割ったもののの大きさについてどちらかに極端に傾いていてはいけないということらしい・・。

 

 

例えば、2月14日。今日はバレンタインでーである。

 

日本では、女性が男性に想いを伝えたり、チョコレート (プレゼント)を渡す日を指す。

 

その対!!?? となるのがホワイトデーである。

 

どうやらお隣の韓国では、ホワイトがブラックとなりそのような日が設けられているようである。

 

ちなみに、欧米ではどうでしょうか? 

 

欧米諸国では、この日は、ベビーシッターさんに子供を預けデートをする日であったり、愛がある場所、子供が母親に 友人同士に・・ ともっと大きなくくりを一日で互いに表現しあう日。

 

 
 何かの特別の日柄がなければ、特別な意思を表せないアジア諸国の私たちにとっては、特別が2日あった方がよいということでしょうか?  

 

 


バランスを保つには、それなりに意識が必要だと感じます。

 

物事二つの側面を理解したうえで、

 

傾きがどちらにあるか認識し、

 

どちらかに傾いた場合修正しなくては、シーソーのように一方が地面についてしいますから・・。

 

一度 地面についてしまうと立ち上がるにはよほど大きな力を加えるか、もしくは勢い
が必要ですから・・。

 

 

今、 あなたの考えるバランスはどこにありますか?

 

仕事と家庭?

 

夫婦のバランス

 

親子のバランス

 

私たちの住む地球との係わりありのバランス

 

数あるバランスの中で、 あなたの意識は今どこにありますか?

バランスとは・・・。PART2

2007年03月21日

先般、バランスについて考えてみました。

>>過去記事はこちら


全ての人(大人)は、常に社会との交わりの中でバランスを取りながら生きていることでしょう。

 

という私も、職場においての役割、そして、 2人の子供の母親としての役割と大きくこの二つを24時間の中で調整しながら日々揺れながら生きているわけです。


 そして、ほぼ毎日思う事はこの二つにおいては本当に区切る事は難しく、一日の終わりに段取りよくいかなかったその一日に『あ~あ』 というため息とと
もに、次の日に向う私がいるということ。

 

なかなかうまくなんかいかない。

 

上手になんて生きていない。

 

それでも、その両天秤を支える自分が、

がんばっている自分を分かっていれば、

どちらかに揺れたっていいじゃない!

 

そんな風に感じながら、また明日に向かう私でした。

入学式

2007年04月22日

が開き始め、あっというまに満開・・・。

 

と思って花見の計画をたて実際に桜を堪能できた方は何人いらっしゃるのでしょうか?

 

私は、桜並木を車で通り、目をやる事だけで、 今年もゆっくりと桜の下に座る日はありませんでした。

 

 

日本には、しっかりとした春夏秋冬が、 肌に伝わる体感と目に映る情景とともに巡り、思い出が、その肌感とともに残りゆく豊な国だと思います。

 


先日、 長女がはれて小学校に入学いたしました。

 

誇らしげに歩く娘の横で喜びいっぱいに手を引く私がいます。

 

お天気に恵まれ、新品の全てにつつまれた子供たちは、 どの子も皆輝いています。

 

暖かな陽ざしの中悪戯に吹荒れる春風が、 色々な物をまき散らし(黄色い帽子やスカートやら)桜吹雪を更ににぎや
かにしていました。


学校というくくりがある間は、

 

いつだって卒業・入学・ 新年度と春の訪れはいつだって心を切なくしたり、 新しい出会いに浮かれたりと心がたくさん動きます。

 


さて、

 

大人になった私たちは何に区切られるわけでなく変らない日常に飽き飽きしたり、 うんざりしたり、あきらめたりと・・・。

 

何とものない話です。

 


そんなために、大人になってからのお花見や、 バーベキューなどはとても意味ある事だと思ったりしてます。

 

 

は散ってしまったけど、

 

今度の休みはお弁当作って好きな本でも読んでみるかね?

産まれました

2007年04月26日

私の妹の子供が産まれました。

 

2590グラム。

 

ちょっと小さなその男の子は、産まれて二日目にして、 ほんのちょっとの間のママの不在に腹を立てたのか、顔をたいそう真っ赤にし、両の手を握りしめ必死に泣き喚いていました。

 


生きるということを泣く事で力づよく表現する、名前のないその赤ちゃんは、手のひらに何かを握っているかのように 固く固く結んでいました。

 

きっとその中には、たくさんの夢や可能性や両親や支える人の期待や様々な力を持っているのでしょう。

 


 彼の目の前に立つと、

 

日頃のよこしまな自分の心が、何だかとても意味のないもののように思われ、

夢を見失いそうなわたしに勇気を与え、

更には心も洗われたようにフレッシュな気持ちになりました。

 

ちょっと大げさに聞こえるかもしれませんが、

 

私にとって妹の赤ちゃんとの面会は、

 

I was Born Again

  = 自分再生

 

の瞬間でした。

踊らない私の子供

2007年06月01日

先日のバレエの発表会の事。

 

 

上のお姉ちゃんの真似ばかりしたがる下の娘もお遊戯の延長のように (教えていただいている先生 ごめんなさい)倣って入会をしたのはしばらく前の話。

 

 

そして先生の熱心な教えの後、迎える発表会。

 

 

彼女の題目は『中国の踊り』 チャイナドレス風の赤と黒のチュチュ。

 

 

頭の両サイドにはお団子を・・。

 

 

もう見かけ?中国雑技団の一員のような風貌・・。

 

 

親ばか丸出しの私は、わが子をプリンセスのように扱い、褒めたたえ、 そして迎えた本番・・。

 

 

中央より我が娘 登場し、

 

 

両の握りこぶしに

 

 

お母さん指を立ててポーズ

 

 

曲がかろやかに流れ、小さなプリンセスたちがステップを踏みます。そんな中、

 

 

彼女はしっかりと前を見つめたまま その場所から一考に動かない

 

 

実は、練習中も、気分によってはそれらしき行動は見られたものの・・・。トホホ・・・・。

 

 

バラバラになった中国の子供たちが、また元の位置に戻りいよいよ最後のポーズ。

 

 

何を思ったか、

 

 

彼女は最後のポーズだけはしっかりと決め仲間ともに舞台袖に去っていきました。

 

 

子供を真ん中に中央から、両席で見たかった私は、その曲の間中、とにかく大笑い。

 

 

その滑稽さ(こんな言い方失礼かしら・・)といったらない。

 

 

 

 

その時の彼女の行動、私は個性だと思ったのだ。

 

 

 

舞台の流れ上、他のお友達にも先生にも〓ごめんなさい〓ですが、 彼女なりの理由の上での演技??であったと思えたのです

 

 

私は、 その後 各お母様方の苦笑いとコメントの嵐の中 それでもその演技を終えた我が娘を誇らしく思えてなりませんでした

 

 

『人と同じじゃなくたっていいじゃない・・。』

 

 

これから、 成長する中で娘たちが悩みを抱えた時、私は、 きっとこうやって笑い飛ばしていくんだろうなー。

 

 

失敗成功は、 大人である私たちが子供に植えつけていくものだと思う。

 

 

私は親として多くの成功体験として、これから起こるであろう、様々なハプニングを誉め続けてあげたいと思ったのだ・・。

 

 

しかし、 バレエはそのうち退団の危機もあるのかもしれないが・・・(笑)。

 

雨の運動会

2007年09月16日

上の娘の運動会が終わりました。

 

 

小学校1年。

 

 

親としても何となく気合の入った運動会でした。

 

 

赤・に別れての応援。

 

 

私の娘はでしたから、必然的に白組の方に陣取って応援に励んだわけです。

 

 

白組優勢で進んだ運動会・・。

 

 

ところが、4分の1を過ぎた頃でしょうか? 

 

 

ポツリ・ポツリと雨が降り出し、

 

 

皆の心を裏切り最後には傘が必要となるほどの大雨・・・。

 

 

親たちからは、雨の勢いと同じ分だけの ぼやき・不平があちらこちらから広がって、 何だか子供たちを見ている人より、お隣同士の話声の方が大きくなっていきました。

 

 

 

そんな中、子供たちは、

 

 

濡れるグラウンド・すべる泥だらけの土・汚れていく真っ白な体操服・・・・。

 

 

親の心配とは全く関係なく、

 

 

雨を吹き飛ばすような、更に大きな声で応援合戦が繰り広げられ、競技に没頭。


 

周りの状況なんて関係ない、

 

 

ただ、目の前に起こる事だけに一生懸命な子供たち・・。

 

 

更に、降りかかる雨を楽しむ子供だっている。

 

 

やっぱり子供はすごい。

 

 

どんな状況だってへっちゃらだもの・・・。

 

 

 

 

大人になるって、

 

 

事前に準備して予防したり、構えたりするって知恵もつけるものだけど、

 

 

行き当たりばったりから起こる、 すべてを受け入れてそれを楽しめる子供たちに

 

 

なんだか胸がきゅんとなった雨の運動会・・・。

リレーの選手???

2007年10月01日

雨の運動会・・・。

 

 

結局は、半日のプログラムを終えて、延期された。

 

 

後半の運動会は、 平日となり若干 オーディエンスの減った 寂しい運動会となった。

 

 

日頃、私は子育てと仕事の狭間に悩みながら、 特に子供のイベント事には日頃の恩返しをしなくちゃと張り切って、 後半も白組の良い位置に陣取っていました。

 

 

子供たちって、ママの顔を覚える得意技を持ってる、

 

 

『あっ ○○ちゃんのママだ。』

 

 

『○○ちゃんのママとこの前会ったよねー』 

 

 

突然、ある子が

 

 『ここちゃん、リレーの選手すごいね!

 

  『ここちゃんママ、ここちゃんは、 いゼッケンでいバトンだから、間違えないでよ。』と

 

 

 

 ???そうなんだー???と私・・。

 

 

 

知らなかったのだ。

 

 

クラス代表で選ばれた子供は、嬉しかった事だろう。 と思うと、

 

 

その気持ちを共有しなかった事

 

 

 トホホである。


 

私が、いくら当日だけ良いママをしようったって、もっともっと大切なのは、運動会当日までの、 彼女の頑張りを聞いたり話したりすること。それをしなかったら駄目じゃない!!!

 

 

運動会だって、遠足だって、 その日に至るまでの毎日が楽しかったはずなのに・・・。

 

 

ごめんね・ ・・。

 

 

 

 

ところでリレー。

 

 

頑張った娘は、受け取った最後のバトンを最後の順番のままで次につなげた。

 

 

『ママ 私どべだった・・・。』

 

 

それ以来、娘はリレーの話をしない・・。

 

 

私も、聞かない。 

 

 

でも、我が家では、 ことあるごとにへのこだわりを持ってすごすようになった。

 

 

 

 

 Tシャツどうする?

 

 

 『白いの・・。』

 

 

 今日カレー?シチュー?

 

 

 『シチュー』

 

 

 オセロどっち?

 

 

 『ママ、白に決まってるでしょ!』

 

 

しばらくは、我家流変な運動会を継続するつもり・・・。

屋形船

2007年11月01日

 

 

 

 

先日、YEG (日本商工会議所青年部)の懇親会にて

 

 

屋形船に乗った。

 

 

屋形船の歴史はとても古く平安時代と言われているそうだ。

 

 

江戸期になり大名や武家の間で広がり御座舟と呼ばれ、 庶民の間にも舟遊びが広がり今日に至っている。

 

 

イメージは、“川の上に浮かぶお座敷” ってとこ。

 

 

わくわく気分で乗船し、お料理の並ぶ席に着いたらそろそろ出発・・。

 

 

しばらく、ゆらゆらと揺れながら走っていくと、四方を高い高層ビルに囲まれたビルの真ん中に、 ある川の広場 (私にはそんなイメージ)

 

 

小さな屋形船

 

中くらいの屋形船

 

大きな屋形船

 

 

それぞれが色々な方向に停留し、宴が繰り広げられている。

 

 

遠くに浮かぶ船、着物を着た女性が動く様子 あちらでは、マイク片手に気持ちよさそうに歌う人が見えたりと・・。

 

 

時間は、川の流れのようにゆっくりとしているようなのに、気が付くと船が碇を上げ、船着場に向う時間。

 

 

何だか、少し優雅な気分で過ごした夜のひととき・・・。

 

 

日常とは離れた空間は、

 

時に心をリセットし、

 

明日からの

 

『また、頑張ろう・・』 の源

 

になる感じ・・です。

 

 

 

仕事や子育てに追われている皆様!!

 

 

時には少しだけ思いきって日常とは違う異空間へエスケープしてみてはいかがですか?

 

 

 

 

追伸・・・懇親会出席した私は、最終電車に乗り遅れ、 朝5時起きにて、6時の新幹線にて名古屋に戻ることとなった。

          やっぱり、 どこかでしわ寄せがくるのは仕方ないかもっ・・・。

役得です。

2008年04月15日

 

ほとんどの人がこんな経験ってないことでしょうね・・。

 

実は、先日の事、

 

午前中に96歳のおじいちゃまを葬儀で送らさせていただき、午後には従兄弟の結婚式に参列するっていう経験をしました。

 

朝、

 

96歳おじいちゃまのご家族お方とお話をして、

 

その生きてきた中での経験や学びなどを

『なーるほど・・。こうやって生きられたら長い人生、 この方みたいにおだやかに旅立ちの時が迎えられるはずねっ(もちろん、様々な苦労もいっぱいお聞きしました)』

って思いながら無事にお式終え・・・・・・・・・・・・。

 

自宅に戻り、

 

ゴージャスなドレスに着替え美容院に行き、

 

プリンセスのごとく髪をアップにし

(テーマはアジアンビューティー ※ 注: 最後となる従兄弟の結婚式で張り切ってドレスアップしたのです(^^)

会場へ向いました。

 

 

 

そこで、はたと気づいたのだ。

 

 

何だか、お葬式と結婚式は同じだ。

 

だって、人生 一世一代の大仕事の日。飲んだり、食べたりしながら本日のメイン・ 主役のそれにまつわるエピソードに花を咲かせる。そして、最後は、なんだか少ししんみりとして・・・。

 

普通なら、 できない一日の中でのお葬式結婚式

 

私って、 このお仕事に携わっていて本当に幸せだなって思えました。

MUSIC IS・・・・・。

2008年07月10日

2008年 夏 ひまわりをテーマにはじまった感謝祭。

 

 

セルカホール稲沢・ 甚目寺を合わせると

 

1000人以上のありとあらゆる年代の皆様にご来館いただき、

 

お天気にも恵まれ、 無事に楽しく終わる事ができました。

 

 

 

このイベントは毎年、一人のメインリーダー(総括)を中心に進んでいきます。

 

 

今年のリーダーに選ばれたのは、弊社の若手(主にモバイル担当)の梅田君です。

 

----- このホームページも梅田君が責任者でした。

 

 

ここで、梅田君について少し補則です。

 

 

彼は、10代の時にビジュアル系のバンドで活躍・セミプロ?ライブハウスにて活躍。ドラムの部門で入賞した事もあるようです。 この若きメンバーはプロを目指し夢に向かって日々ひたすらそのチャンスを伺っていました。

 

 

じゃ、なぜ今葬祭業??

 

 

ここに来るまでには様々な経験をした彼。

 

 

今現在の彼の真意は確かめていませんが、

 

 

(株)かとうの中では、担当したお客様からは、たくさんのお礼のお手紙をいただく優しい葬祭ディレクターであります。

 

 

ご縁に感謝です。

 

 

 * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

 

 

セルカホールのイベントは自由な発想と楽しいイベントがモットー。

 

 

梅田君の音楽魂は、 やはり消えてはいなかったようだ。

 

 

アフリカ民族楽器を操り?もちろん様々なジャンルの歌も歌えるミージシャンの人々を招きたい。 そう提案があったのはかなり早い時期だった記憶。

 

 

葬祭場にアフリカン楽器? って思った人・・。

 

 

残念ですね。参加していたら『?は』解決したはずなのに・・・。

 

 

彼らの音楽は場所を選ばない・・。

 

 

様々な年齢の人に合わせながら観客を巻きこむ。

 

 

時には建物の外にも出向き音を響かせ通りゆく人々の心に訴える。

 

 

いてもたってもいられなくなったわれらスタッフは、大なべとお玉で参加し、くねくねダンスを披露。

 

 

力強く、大地に響き、

 

 

 

 

それぞれの楽器とまざりあい奏でるメロディは、聞く人の心を軽やかにし、自然と足にリズムを刻ませ、両手は楽器となり更に大きな音となる。

 

 

そうやって演奏者と傍観者の心を一つにしていく彼ら・・。

 

 

音楽はやっぱりいい。LIVEならさらに良し。

 

 

夏。

 

 

これから始まる暑い季節に渇をいれるかのごとく、鳴り響く様々な音のハーモニー。

 

そこに重なる歌声に元気をいただいたそんな二日間でした。

 

 

 

 

元気になりたいあなたは是非彼らの音楽・彼らに会いにいってみて・・・。

 

 

 

私にとって音楽とは・・・

 

MUSIC IS IMAGINATION

 

  無限に広がる   なのだ。

 

  ※情報は、ここららもつかめるよ・・ >>>

路地裏の花

2008年09月27日

ここ何日か、お花について考える機会がたくさんあった・・・。

 

 

お花を実際にいけること。

 

お花に関する会議をしたこと。

 

お花をストックしてある場所にいった事。

 

お花に携わる人にあったこと。

 

話を聞いたこと。

 

そして今日。

 

お花の力によって心がいくらか救われた人に会いに、 梅田君が出かけた(※注1:梅田君は、前回のイベントにも登場した男の子です)

 

(※注2:お葬儀では、時として故人の生きてきた足跡をお花で表現する事があります。EX. 登山が好きだった人には山をイメージをした花祭壇を提案するなど・・。)

 

そこの場所に同席ができない私は、色々な妄想を膨らましながら、自転車に乗り郵便局に向かう。

 

帰り道はいつも通る会社への近道である。

その細い道を走っていたら

 

『私を見て・・・。』

 

 

そう言わんばかりのピンクのが目に飛び込んできた。

 

 

イヤっ。実際には、素通りしたものの、細い道で自転車を「よっこらしょっ」と進路変更しその場所に戻った。

きっと、咲いていたすべてのが、 かつては彼女のように美しく咲いていたはずだろう。

 

でも、今では、その一輪だけが唯一道路にまでせり出しひときわ輝いていた。

 

そのに見とれながら写真を一枚「パチリ」  それから改めてもう一度回りを見わたした。

 

いつもの近道だった。本当に、いつも抜ける毎日の場所だ。

今日の私は、少しエキセントリックだったから?

いつもそこで咲いていた

 

今日、私が気づいて誇らしくなれた

 

どんな、現実や、現状も 感じる人によって大きく変わるものかもしれない。

 

私以外の人には、気づいてもらえる事さへないくらい狭い路地裏の

 

少しつまずいてしまった時。どこからそこを見るのかで、新しい発見があったり、少し楽になれたりするのかもしれない。

 

立ち位置を変えてみて、

方向を変えてみて、

しゃがんでみたり、

寝転んでみたり、

そうする事で新しい何かに出会うかもしれない。

 

新しい何かは、

 

どんな人もわくわくさせるはずだよ・・・。

 

きっとね・・。

秋祭り

2008年10月16日

祭りってね。

 

 

とは、 「飽き食い(お腹いっぱい食べる)」 からきているそうだ。

すなわち稔りを神に捧げて感謝の祭りを行うとともに、その神に捧げた食べ物を直会(なおらい)で頂戴することで神と人とが交流し、 和合一体の心になる状態を意味するとある。

 

 

まさに実りの秋そのものが祭りにほかならず命の喜びを謳歌することにもなるのです。

 

 

 

子ども会の行事、『稲葉祭り』に保護者として参加しました。

 

 

おみこしをかつぎ、和太鼓をたたき 稲葉エリアを練り歩く。

 

 

ハッピに笛に。

 

 

子供たちは楽しそう。

 

 

それに比べ親の私たちは、秋晴れを嬉しく思う事もなく、 日陰のないアスファルト道をだらだらと付き添っていく。

 

 

 

 

『京子ちゃんたちのお父さんの頃が一番楽しかったよ。覚えてる?』

 

 

私の心を見透かされたかのようにその言葉 

 

 

『昔は、毎年集まってキャラクターやらマスコットや思い思い手作りの神輿を作ったもんだ』

 

 

 そういえば、私も中本町の会場に創りに行ったっけ!

 

 

『今じゃそんな風に骨折る人はおらんもんね・・・。』

 

 

なんだか、私ちょっぴり悲しくなった

 

 

その思いを払拭しようと子供の『わっしょい・わっしょい』 の声に耳を傾けた。

 

 

 

子供たちは、縮小され地味な神輿を担いでも関係なく楽しそうだった。

 

 

声を合わせ全員が笑顔だった。

 

 

 

純粋に楽しむ事ができたら、どんな事も楽しいんだよねきっと。

 

 

そうやって、地域の行事の中で子供たちが育つことは望ましいって事、 ホントはみんな思っているよね。

 

 

小さくなっていく町の行事

 

 

そろそろ私も傍観者にとどまらず、本格的に参加して楽しんでいこうと思いながら、もらったお菓子を子供とほおばりながらの帰り道でした。

死化粧学校

2008年10月24日

 

 

 

先週のことです。東京 町田にて『死化粧学校』というすごい名前の研修を受けてきました。

 

 

先生は、佐藤琴子先生。

 

 

NYに長く滞在してらっしゃったからかしら? !どこかしら普通とは違うオーラが漂っているのです。

 

 

そして、死とは間逆の生にあふれている素敵な美しい女性です。http://www.delfinocares.com/

 

 

 

 

 

オープニングセッション・・・。

 

 

突然、机とイスはバラバラなり

 

 

イスを丸く円のように並べこしかける。

 

 

そこで 琴子先生・・

 

 

エビアンをマイクにしたて、3日間 共に過ごす仲間を知ってみましょうと

 

 

自己紹介やら   葬儀に対する想いやら

 

 動機やらを      自由に表現しあった。

 

 

なんて言ったらいいかな? そうそう、先生はフリースタイルなのだ。

 

 

この死化粧とは、その人の生をそのまま尊重し、 生きている時のままの姿となるようお手伝いすることだ(先生は、違った説明だったかもしれない・・・私はそのように理解した)。

 

 

 

もともと特殊メイクを専門としてプロとして活躍をしていらした先生。ビューティーメイクだってもちろんプロ。

 

 

そもそも、人間は、コンプレックスを隠そうとするがためにかえってそこに手をかけすぎおかしなお顔が出来上がるようだ。

 

 

その人だけの個性 輝きを見つけ、それを活かしながら自然に仕上げる。それは、生きている人だって死を迎えた人だって同じというわけ・・・。

 

 

例えば、お化粧をしない毎日、畑で作物と共に生きてきたおばあちゃまが、突然白塗りの美人顔になってしまったって、 それは最後の皆とのお別れのお顔とは何だか違うわけで・・・。

 

 

だから、相手を知る というのは大切な事。

 

 

更に、印象的だったのは、琴子先生が

 

 

今回で7期生の皆さんを迎えます。今日の講習が終わったら懇親会(という名の飲み会) とともに急激に親しくなっていかれることでしょう

 

 

その言葉通り、年齢や男女や住む場所や職業 そんな枠など超えて7期生はとんでもなく親しくなったのです。

 

 

 

 

実は、オープニングセッションで輪になった瞬間からすでに繋がりができ、

 

 

その輪の真ん中にあったのは、という共通の想い だったのだと感じる。

 

 

出会ったそれぞれの人から多くの学びがあった。

 

 

現状の中で、嘆いたり、励ましあったり、勇気をもらったり・・・。

 

 

エビアンのペットボトルを握った瞬間から魔法にでもかけられたように、

 

 

琴子先生に導かれながら、最終日には、

 

 

皆輝いてそれぞれの場所に戻っていったのです。

 

 

 

それは、言葉にはうまく表現できないけど、

 

 

自分らしさを発見した『自信』みたいなものかな!!!!!

 

 

やっぱり、よいエネルギーは、よい繋がりを生むのね・・・。

 

 

この度に出会えた皆様・・。本当にありがとうございました。アドバンスコースでまた会いましょう・・・。

 

 

 

 

P.S. 7期生集合写真の男性の口が赤いのは。メイクの練習のためですから・・ ・。

稚児行列

2008年11月06日


11月 2日 晴天なり 青宮寺 落慶に合わせ稚児行列が執り行われた。

弊社もこのお手伝いに3ヶ月程前から参加をしながら当日は、約500人を超える稚児があつまった。

眩しすぎない風の優しい秋晴れの日。


公民館に集まり順番にお化粧をし、同じ丸顔の子供たちが仕上がっていく。



部屋の中は、戦場の如く・・・。


昔の私の経験より、あのおばちゃま達にがちっと両またに抱えられ、白塗りに黒い丸点二つ・・。あれが、なんだか恐ろしくて・・・ 痛そうで・・・・。


泣きわめく子供・つられ泣く子供・泣き声の大合唱・・・。


私の子供も朝 『ママ・・お化粧はイヤだ』

※下の子供と言っていましたが、お姉ちゃんの『バレエの時のお化粧と一緒だから。』 の声にしぶしぶ黙ってなすがまま・・。

 


そして、着替え終わり、蓮の花束持って完成です。

 




3回 稚児行列に参加すると幸せになれるという言い伝え・・。


来週は、安楽寺 様にて 二人にとって二度目の参加となる予定・・・。

 



ところで、なぜ落慶法要に稚児行列が1セット?

 


稚児---------ケガレのない童子・ 童女は良き魂の懸かる対象として神事に仕える存在として


昔から特に尊ばれてきたそうです。

 


お寺が新しくなる事によりこのように、ケガレのない子供達が良き魂の導きを経てお寺や本堂に良いエネルギーを注ぐのかな? なんて思った私でした。

 


大人になると邪念が増え様々な悪意を知ってしまうわけで・・。


悲しいかな・・。でもそうならないように心を純粋に保つ事はできるよね。

 


 BE INNOCENT 
 純粋に生きたいものだ・・・・。


 

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